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音楽

「作品と人格は別物」で「作品は独立して評価されるべき」という考えの矛盾・違和感について

投稿日:2021年8月2日 更新日:

「作品と人格は別物」で「作品は独立して評価されるべき」という考えの矛盾・違和感について

以前「作品と人格は別物。『良い曲を書く人が、必ずしも素晴らしい人格とは限らない。』性格・人格の悪い人はいる。」という記事を書きました。

また先日オリンピックの件で小山田圭吾氏の件で「作品と人格は別物」というのが引っかかるようになった方からの質問がありました。

僕なりの考えを書いてみたいと思います。

最初に質問と回答、後半に細く説明をしたいと思います。

※文中で小山田圭吾氏の件にも触れていますが人格や性格の良し悪し、作品の良し悪しなどには一切語る気はありません

【質問】「作品と人格は別物」に対する違和感。「作品は独立して評価されるべき」という考えの矛盾について

私は、現在高校生で、音楽大学を志望しているOと申します。
入学試験で音楽に関する小論文の試験があり、色々な考えを幅広く知りたいと思い、誠に勝手ながらご連絡させていただきました。
以前投稿された、「作品と人格は別物。『良い曲を書く人が、必ずしも素晴らしい人格とは限らない。』性格・人格の悪い人はいる。」 の記事に関して質問がございます。
お忙しい中、大変申し訳ありませんが、どうかお付き合いいただけないでしょうか。

まず質問に至った経緯についてお話しさせていただきます。
私は以前、作曲家やアーティストが、薬物や不倫などのスキャンダルが原因で活動休止に追い込まれることや、ファンが「もうこの人の曲は聞きたくない」と批判することに憤りを感じていました。
作品は作品だけで独立して評価されるべきだと考えていたからです。
しかし、先日から話題になっている、小山田圭吾氏の過去の凄惨な犯罪行為についてと、その行為を自慢げに語る発言についての報道に非常にショックを受け、生まれて初めて、曲の良し悪し関係なく「この人の曲は聞きたくない」と感じたのです。
そこで、以前考えていた「作品は独立して評価されるべき」という考えと矛盾が生じることに気がつきました。
小山田圭吾氏の出来事だけでなく、例えば、ショパンの曲はポーランドの歴史を知ることで、作品をより深く見ることができますし、どういう思いで作ったのか、以前はどのような曲を作っていたのかを知ったことで、第一印象とは違った解釈をすることができ、それもひとつの楽しみだと思ったのです。
今は、以前の考えは揺らぎ、「作品と、それに付随するもの(音楽家の人格や背景)は切っても切り離せない」という考えとの狭間で悩んでおります。
そして、色々な考えを知りたいと調べたところ、のり様の記事が以前の私の考えと似ていると感じ、この度ご連絡させていただいた次第です。

質問は以下の通りです。
記事は数年前のものでしたが、現在のお考えとお変わりありませんか?
もし少しでも変化がありましたら、理由など何でも良いので教えていただきたいと存じます。
もし変化がなければ、前述した私の考えを否定していただきたいと存じます。

お忙しい中、貴重なお時間を割いてここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
もしよろしければお返事をいただけると嬉しいです。
稚拙な文章を失礼いたしました。
よろしくお願いいたします。

【回答】「作品と人格は別物」で「作品は独立して評価されるべき」という考えの矛盾について

ご質問について僕なりの意見を書きたいと思います。

記事は数年前のものでしたが、現在のお考えとお変わりありませんか?

僕の考えは変わっていません。
今でも「作品と人格は別物」であり「作品は独立して評価されるべき」だと思っています。
しかし「この人の曲は聞きたくない」も間違ってはいないと思っています。

この質問を見てO様は「好き嫌いの感情の話と作品の良し悪しを見る評価の話がごちゃごちゃになっているのでは?」と思いました。

まずはここを切り離して理解する必要があります。

作品の評価は感情を抜きにするべきだと思っています。
好き嫌いはまた別の話です。

小山田圭吾の曲も作品は作品で見るべきです。聴くべきです。評価が目的なら。
しっかり評価したうえで「曲は良い。でもコイツは嫌いだから聞く気は起きないな」で全然OKだと思っています。
それは好き嫌いの問題です。

また「作品と、それに付随するもの(音楽家の人格や背景)は切っても切り離せない」は間違いはないですし、作品の理解を深めるために使われるのかなと思っています。
O様のいう「違った解釈をすることができ、それもひとつの楽しみだと思った」がそのまま正解です。

人間だれしも自分の生きてきたことから自分の好みや思考が変わってきます。
小山田圭吾氏に関しても彼の屈折した考えも含めて「この人はこういう考えだからこういう曲が生まれるんだな」というのも楽しみの1つかと思います。

--
作品の評価は他の情報に左右されがちですが個人的には本当に今目の前にあることに集中して評価をするべきだと思っています。

作品に触れてどう思ったのか、何が良いか悪いか。
評価はそれだけだと思います。

アーティストがブサイクかイケメン・ブスか美女かでも簡単に変わりやすいですし、有名音楽大学を卒業していれば良く感じる人もいるでしょう。
気分によっても簡単に評価は覆ります。
簡単に影響されてしまいますが、そういうのは必要ないと思っています。極力排除するべきです。

好き嫌いはあってもいいですが作品を評価するなら本質を見るべきでしょう。

昔の話ですが僕は世界一周の旅をしたことがあります。
色々な美術館で作品を観ましたが、途中で作品より作者を気にしている事に気が付きました。

作者を見てから作品を判断していたんです。

僕の中では「これはおかしいぞ」と思い見方を変えました。

この話は昔のブログに書いてあるので是非見てみてください。
https://ameblo.jp/norinorinonori/entry-10708771957.html

まとめ

僕個人としてはO様の考えには矛盾点はないと思っているので悩む必要もないと思っています。

ただ単純に小山田圭吾への嫌悪感が凄まじかっただけだと思います。

嫌悪感があれば誰も聞きたくないですよね。
だからその感情も必要です。

気分や感情によっても作品の良し悪しも変わります。

嫌悪感が強い場合は正しい評価が出来ません。

評価をするのが目的なら、他の情報に左右されないことを意識して、自分の気持ちがフラット、もしくは完璧な時に左右されない時に評価をする必要があります。

今自分は何をどのように判断するのか次第かと思います。

作品の評価をするのか、
好き嫌いかを知るのか、

それによって何を見るのか重視するのかが変わってきます。

「作品と人格は別物」であり、「作品は独立して評価されるべき」だと思うし、「聞きたくない」も正解だと思っています。

曖昧かもしれませんがどれも正しいと思っています。

長々と書いてしまいましたが、何かしらお役に立てれば嬉しく思います。

【補足】作品に対しては3つの評価と感情が必要

僕は作品は独立して評価されるべきだと思っています。

それはあくまで「評価」についてです。

そして作品に対しては3つの評価と感情が必要だと思っています。

  1. 一番最初に感じた作品の評価
  2. 付随するもの(音楽家の人格や背景)を知ったうえでの評価(私的な感情を抜かす)
  3. 最終的に自分が好むかどうか

この3つは繋がっているけど切り離して独立で考えたほうがよい。

一番最初に感じた作品の評価

まず一番大事なのは一番最初に感じた作品の評価です。

出来れば前情報無しで接した時の評価が良いですが、一番最初に接した時に感じた感想が一番良い「作品の評価」だと思っています。

「これ好きかも!」「カッコイイ」「かわいらしい」「嫌い」「なんか嫌な気分になる」

なんかしらの感想を持ったらそれが作品の触れて一番「素」の評価です。

付随するもの(音楽家の人格や背景)を知ったうえでの評価(私的な感情を抜かす)

ここから付随するものなどを見ていくと評価は変わっていくはずです。

「この曲を作ったのは東大出身か」「イケメン・超絶美人だ」「外国人だ」「黒人だ」「白人だ」「アジア人だ」「コンテストで優勝回数が10回ある」「まだ8歳なんだって」「お母さんの介護をしながらこの作品を作った」「親はあの有名人」

などなど、色々な情報があると思います。

それによっては評価がかわってきます。

そしてここで一番大事なのは「私的な感情を抜かす」です。

例えば、学歴コンプレックスがあれば「東大出身」というのを聴いたらムカついてしまうかもしれません。それにより作品に対してもムカついて悪い評価をつけてしまう可能性もあります。

「イケメン・美人」が好きな人は多いですが、ハッキリ言って容姿によって作品の良し悪しは絶対変わりません。
でも、イケメンが作ったから良い、美人が作ったから良いと無意識に評価が変わることもあります。

これは心理学で「ハロー効果」と呼ばれるものです。

+ ハロー効果の意味はここをクリックして下さい

ある対象を評価するときに、目立ちやすい特徴に引きずられて他の特徴についての評価が歪められる現象のこと。

付随するものはあくまで「作品の分析」や「作品の感想の補足」として使われるものです。

私的な感情は絶対ここでは排除すべきです。

最終的に自分が好むかどうか

そして最後に「最終的に自分が好むかどうか」の評価があります。

ここは自分の感情全開でOKです。

イケメンだから好き!でもいいし、東大出身だからカッコよく感じる! 8歳だからすごいねー!、親はあの有名人だから良く感じるんだね!、お母さんの介護しながらだからもう感動して泣けるし好き・・・。

などなど。

そして最終的に作品に触れたいかどうか、好きか嫌いかなどを決めるべきです。

好きだから今後も聞きたい、嫌いだから絶対聞きたくないも全然OK。
人それぞれ感情は違うし、抱く想いも違うしなんでもOKです。

人間性と作品は段階によって評価と感情は別で考えるべき

作品と人格は別物。『良い曲を書く人が、必ずしも素晴らしい人格とは限らない。』性格・人格の悪い人はいる。」で書いた坂本龍一と、オリンピックで楽曲製作辞任になった小山田圭吾などは悪い部分もあって聞きたくない人も現れました。

でも個人的にはこのように考えるべきかなと思っています。

一番最初に感じた作品の評価 いいな~、カッコイイな~、感動する、泣ける
付随するものを知ったうえでの評価 過去にこんなことやってたからこの作品はこんな毒々しさを感じるのかも
この性格の悪さがなんとなく暗い曲を作っているのかも
自分が好むかどうか、聴きたいかどうか 曲は良いけどもうこんな人のは聞きたくない。
好きだったけど知って無理になった。
最初の評価はカッコイイとは思ったし今でも思うけど本人が嫌いで聞きたくない

などかなと。

感想は適当に考えただけなので何を思うかは人それぞれです。

言いたいのは段階によって評価と感情は別で考えるべきだということです。

作品の評価が感情や情報で変わるのは評価する力がない

また僕が思っているのは「作品の評価が感情や情報で変わるのは評価する力がない」ということです。

これは前述した過去ブログの記事「本質を見るようにしたら人生面白いんじゃない?」でも感じたことです。

ここでは

世界一周の旅をしていてルーブル、メトロポリタン、オルセーなどの有名な美術館に行った。
「おぉ、これゴッホか!すげぇ~!」
「これはモネか!!すげぇ~!!!!」

と思って見ていました。

で、ある時気付いたんですよ。

作品より作者を気にしている事に。

これってその作品を評価しているのではなくて現在の作者のネームバリューから作品を評価しているんだなって思った。

作品見てすぐにタイトルや作者のボードを見て「おぉ、これゴッホ書いたんじゃん!すげぇ!!」と評価していた。

北斎の浮世絵やダヴィンチの絵などは一般的見解として素晴らしい作品ではあるけど、はたして自分は名前を抜きにしてこの作品だけを見て評価しているのだろうか?
この作品自体をしっかり観察しているのか?

もっと作品自体を見て評価したり自分の感性に触れるかってのが重要なんだと気づいたんです。

ということを書きました。

僕はこの時は作品を観ていませんでした。
作品を評価する力が無かったんだと思っています。

インド人が作ったカレーは美味しそう

別でもこんなことってありませんか?

カレーを食べたら普通っぽいけど、作った人がインド人と知ったら「なんか美味しいかも」と思ったこと。

こんなことは色々ありませんか?

これってあとから評価が変わるのはおかしいんですよね。

カレーの味は全く変わってないから。
あとの情報で味が変わるっていうのはあり得ない。
でも感じ方が変わったのはあり得る。

評価がコロコロ変わるなら最初のカレーの味をちゃんと評価する力がないと言えます。

「普通っぽい」と最初に感じたらそれが正しい味の評価です。

だから、音楽でもなんでも、最初に感じたのが評価だし、他の付随するもので作品の評価が変わるなら「作品の評価をする力がない」と言えます。

作品は最初から最後まで何も変わっていないのだから。

ただし何度も言いますが、好き嫌いは変わるべきだと思います。

あと「たくさんの経験を経て評価が変わる」というのはあり得ますね。この場合は別です。

短い期間や他の情報を得て瞬時に評価が変わる場合の話です。

作品の評価が感情や情報で変わるのは評価する力がないとさえ言えるのかと思っています。

「作品と人格は別物」で「作品は独立して評価されるべき」という考えの矛盾について

以前「作品と人格は別物」という記事を読んでいただいた方の質問に回答をしました。

作品の評価と好き嫌いの考え方について書きました。

ここで書いたことは僕の考えであり、別の考えを抱いてもそれは正解です。

ただし、評価と感情、作品は作品、人格は人格と別で考えたほうが良いと思っています。

これが僕なりの考え方です。

またこの記事では小山田圭吾や坂本龍一の人格や性格の良し悪し、作品の良し悪しなどには一切語る気はありません。

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