どもー♪ のり(@norinori0107、@norinori_sub)です!
3月21日はレオ・フェンダーの命日でした。
それは全く知らなかったんだけど、たまたまレオ・フェンダーの事について呟いたことがありました。
「フェンダーの創業者のレオ・フェンダーがギターが弾けない」という話がとても好きなんだよね~。 ギターが弾けないのに、アンプも作り、最初にしてほぼ完成されたデザインや音のストラトキャスターを作った。 ・・・ギター弾けないのに。
— Nori (@norinori0107) 2016年3月21日
「フェンダーの創業者のレオ・フェンダーがギターが弾けない」という話がとても好きなんだよね~。 ギターが弾けないのに、アンプも作り、最初にしてほぼ完成されたデザインや音のストラトキャスターを作った。 ・・・ギター弾けないのに。
この話は本当に大好きなんですよね。
レオはなんと・・・楽器を全く弾く事が出来なかったそうです。
さらに後のインタビューでは40歳になっても楽器のチューニング一つ出来なかったと自身で語っているそうです。
考えられないですよね!?
そんな人があのフェンダーアンプを、あのテレキャスター・ストラトキャスターなどを開発したというのが驚きです。
Fenderギターを作ったレオ・フェンダーという人物
そもそもレオ・フェンダーってどういう人物なのか?
「Leo Fender」(Clarence Leonidas Fender)
「Leo Fender」(Clarence Leonidas Fender)
1909年8月10日 カリフォルニア州フラートンに生まれる。
若い頃から電気工学への関心を示し、高校時代には、趣味としてラジオの製作、修理を行っていた。
1928年 高校を卒業し、フラートン短期大学に進学。
卒業後し数年の勤務後、1938年にラジオの修理会社の『フェンダーズラジオサービス』を始める。
ラジオの修理会社だったが、この時には地元のミュージシャンがアンプやギターの修理を頼みにきていた。
1945年 ドク・カウフマンと共にK&Fマニュファクチュアリングを立ち上げる。 スチールギターアンプを開発し成功を得た
1947年 フェンダー ミュージカル インストゥルメンツ コーポレーションに社名を変更する。
ここからFenderとして歴史を作り上げていくことになる。
その後、Fenderから数々のギター・アンプの開発、Music Man、G&Lの設立。
1991年3月21日、パーキンソン病の併発症で死去。最期に、「世界中のアーティストにしてあげられる事は全部やった」と遺した。
所属機関
フェンダー(1945年-1965年)
ミュージックマン(1972年-1984年)
G&L(1972年-1991年)
設計
テレキャスター
ストラトキャスター
プレシジョンベース
エスクワイヤー
ブロードキャスター
レオ・フェンダーはギターは弾けなかった
ギターが弾けなかった。
そんな人が数々のギターやアンプの開発した。
まだアンプはラジオ修理とかなどで分かるけど、ギターなんて・・・。
しかも最初の形・方法が今も残っていて、かつスタンダードとなっている。
初めから完成されてるとも言えたんだと思う。
・・・
レオ・フェンダー天才すぎる。
・・・
っていうのもあるけど、この話で好きなのはそこじゃないんです。
レオ・フェンダーは熱意と好奇心があればこそ!
レオに関して詳しいわけでもないし、考えも分からない。
でも、彼は何かしらの想いにかられて突っ走ったと思うんですよ。
で、「ギターが弾けない」という話で好きなのが、
熱意と好奇心があれば何でもできる
というのを感じる点。
前に書いた「指が短い、手が小さい」というのにも近い気がします。。
ギターが弾けない
「何でも」というのがどのレベルかまではわからないけど。
自分が出来ないことの分野をやろうとしたのがスゴイなと。
アンプはまだ分かるけど、ギターを弾けない人がギターを開発だもんね。
車運転出来ない人が新しい車を作り出したみたいな?
常識がないからこそ「革命的な物」が作り出せたのかもしれないね。
出来る出来ないではなく、突き動かす何かがあって、熱意を持って進んだ。
さらに好奇心のままに新しい物を開発していった。
現時点での能力は関係ない
「出来る出来ない」なんてものは関係ないのかもしれない。
現時点での能力はあまり関係はなく、どれだけそれにのめり込めるかだと思う。
レオもギターを弾く能力も作る能力も最初はゼロだったし。
色んな人を見るけど、成功したような人ってのめり込み方が異常だよね。
費やす時間も睡眠・食事以外全部というくらい。
それが成長させてくれて、失敗・挫折はあれど乗り越えさせてくれるんじゃないかな。
そんな事を感じさせてくれるんですよね。
だからこの話が好きなんです。
なんかね、勇気をもらえる話なんですよね^^
熱意と好奇心に勝るものはないと思う。 現状でどんなに才能があっても熱意と好奇心が尽きれば、先には行けないもんね。 今がどんな悪い状態でも逆転なんていくらでもある気がするんだよね。
— Nori (@norinori0107) 2016年3月21日
番外編 ウェス・モンゴメリー
こんな事を想いつつ、ウェスモンゴメリーの事を思い出しました。
ジャズギタリストの巨匠です。
たしか彼は昼間は仕事をしながら夜にライブハウスで演奏する生活をしていたそうな。
置かれてる状況とか関係ないんだな。 「今」よりもどうしたいかなんだろうな~。
と思いつつ検索してみたら、色々と驚き。
8人(妻+7人の子供)の家族を養うために、工場で朝の7時から午後3時まで働き、夜の9時から深夜2時まで地元のクラブで演奏していた。
さらに驚いたのは
ウェス・モンゴメリーがギターの練習を始めたのは彼が20歳の時でその演奏技術は、彼自身の耳を介した独学で、チャーリー・クリスチャンの演奏を研究することで磨き上げられた。
1948年の7月から1950年の1月までライオネル・ハンプトンの楽団に参加~~
・・・
ギターの練習を始めたのは彼が20歳の時!
1948年に楽団に参加!!
ウェスは1923年3月6日生まれ。
ギターを始めた20歳ので1943年から始めた事になる。
1948年にライオネル・ハンプトンの楽団に参加したので、その間・・・5年!
遅咲きなのか早熟の天才なのかよくわからないですね(苦笑)
このエピソードも天才ぷりを示すと同時にまだまだ希望も見いだせるエピソードなんじゃないかと思っています。 この話も好き。
ウェスも最高です。
名曲が多すぎるけど「Four On Six」が超大好き!
このアルバムはとにかく聴きまくったアルバムで、今も大好きです。全てが名曲・名演奏。 「Four On Six」もこのアルバムで知りました。
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