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金銭感覚が大きく異なる人とは遊べない?「貧乏な友人ともう一緒に遊べない」を読んでの考察

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金銭感覚が大きく異なる人とは遊べない?「貧乏な友人ともう一緒に遊べない」を読んでの考察

先日、「はてな匿名ダイアリー」に投稿された「貧乏な友人ともう一緒に遊べない」というブログ。

もう既に削除されてしまってるんですが、内容は「大学時代の友人の女性に5年ぶりにあった正社員の投稿主は、派遣社員として働く友人との金銭感覚の違いを思い知らされたという。」ことでした。

「彼女はランチにドリンクをつけるかつけないかで5分以上悩み結局ドリンクをつけないし、歩き疲れているのにカフェの値段に文句を言う。」

とか色々と違いを感じ、結果的に『この人とはもう「遊ぶ」ことはできないな、と思った。』そうです。

金銭感覚が大きく異なる人とは遊べないのか?

個人的な考えとして結論を先に書くと「金銭感覚が大きく異なる人とは難しい」と思ってます。

色々と書いていきます。
こういう話は感情的に脊髄反射は無しで、しっかり文章を読んで頂ければと思います。よろしくお願いしますm(_ _)m

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貧乏な友人ともう一緒に遊べない

削除されてて見ることが出来ないと思ってたけど、まとめにて転載を発見したので使わせて頂きます。

貧乏な友人ともう一緒に遊べない
http://anond.hatelabo.jp/20170325194531
大学時代の友人に会った。
大学時代はお互い貧乏で、たまり場と言えばドリンクバー付きのファミレスか、学内食堂だった。
お金がないお金がないと言いながら、ノートを広げてテスト勉強しているのが常だった。
卒業から5年たった。
私は正社員、彼女は派遣社員。
給与はおよそ2倍差があった。ボーナスもなく、残業代で生活費を稼ぐわけにもいかないらしい。
それはそれで彼女は満足そうに暮らしていたから、私は特に何も思っていなかった。
ただ、この前一緒に遊んで、思った。
もう彼女と昔と同じ感覚で遊ぶことはできない。
金銭感覚が違いすぎる。
彼女はランチにドリンクをつけるかつけないかで5分以上悩み結局ドリンクをつけないし、歩き疲れているのにカフェの値段に文句を言う。
都内のカフェなら安いお店の方が少ないというのに、ひたすらにドトール推しをする。
ドトールが悪いと言っているわけではない。ただ、ドトールは日ごろから行けるものだ。
1年ぶりに会う友人と談笑するために行くお店にしては、非日常感がないし、たばこのにおいは感じるし、いささか心がときめく場所ではない。
少し値段の張ったカフェを紹介すると露骨に嫌な顔をされた。
彼女は都内に出てくるまでの交通費と時間も惜しむのだ。コーヒー一杯、10円単位でも、妥協したくないのだ。
それが1年ぶりに会う友人との時間であったとしても。
ファッションビルで少し値段の張った服を見たいと思った。でも言えなかった。
結局ユニクロに行った。
ユニクロが悪いわけじゃない。私もユニクロを着る。
ただ「ユニクロしか選択肢がない」遊びのなさに、私は失望した。
たまの休み、非日常的な空間でおいしいものを食べて、心がときめくような服や雑貨を見ることはそんなに悪いことだろうか。
そんなに贅沢なのだろうか。
「高くてコンビニなんて絶対行けない」と言い張り、たまの友達との時間ですら、「お金がないお金がない」と言い続けている。
この人とはもう「遊ぶ」ことはできないな、と思った。
住む世界が変わったのだ。
生活に遊びがないと生きていけない、キリギリスのような私と、貧しさを受け入れて地道に生きているアリのような彼女。
この二人で価値観をすり合わせて「遊ぶ」ことは、学生時代はともかく、今ではもうできないのだ。
「また遊ぼう」というLINEに「遊ぼう」と返信して、「じゃあ何で遊ぶの?」と疑問がこみ上げた。
私がカフェを提案しても、ショッピングを提案しても、カラオケや映画やディズニーを提案しても「お金がない」で終わる。
もう一緒に遊ぶことはないだろうと思った。

ネットでは批判殺到

ネットではかなり批判の意見が多かったです。
はてなブックマークでも色んな意見が。

「そんなにオシャレな喫茶店がいきたくてお金に困ってないなら奢ってあげれば?金は出さない、不満は言う。だったらその友人と変わらないじゃない」

「『友人に会うこと自体が非日常』なんだよ。 それも一年ぶりに会えたのに、金を消費しないと実感を得られないのは心が貧しいよ」
「一生の友達というものは、財産なのですから 財産や 収入で 付き合いするかどうかを 決めるものではない」

このブログでの対処法

投稿主は1日くらいは節約した付き合い・遊びをしてもいいし、
友人も1日くらいはパーッと使うような付き合い・遊びをしてもよかったんじゃないかなと。

どちらかに合わせる、もしくは寄り添う。
あとは軽い事なら奢ってあげるとか。
(男だったらこういうのはよくある事だけど、女性だとまた違うのかな?)

それで終わり。

っていうだけの話なんですけど、遅かれ早かれダメになる間柄というのは分かりますよね。

色々と意見は分かるけど、僕は投稿主の意見は結構理解できます。
ここまで引用などでしたが、ここからは僕の意見を書いていきます。
流れはバラバラだけど思ったことを色々と。

お金がなかった時代

僕はフリーター時代はギターしかやってなくて、バイトで稼いだお金はほとんど音楽に費やしていた。
サポートもたくさんやっていて、毎日のように都内へ出かけてスタジオ練習、ライブをしていた。 当時はとにかく「学ぶ」と言うことを優先したため、スタジオ代・ライブ代はバンドに負担して頂いていたけど、ギャラが出るのはほとんどなかった。(それが悪いというわけじゃないですよ。それを了承してやらせて頂いていたので。)

交通費もバカにならず、弦も消費、ピックも消費、機材も欲しい、当時は音楽を聞きたかったらCDを買わないといけない(Youtubeは今ほどではなかった)・・・稼いだお金は全て音楽。 (その想いがあるのでMusic Lifeを始めたのもあります。「Music Lifeを始めたきっかけ・想い ~プレイヤーが喜ぶ楽器機材店を作りたい!~」)

要は「お金がなかった」んです。

節約もめちゃめちゃ考えてたし、お金を使わない、全てを音楽に費やしていたわけです。

その時の自分と、文中の「貧乏な友人」はとてもかさなるんですよね。
職種とかやってることは違うけど。

もちろん「貧乏な友人」のようにここまで極端に考えたことはないけど、当時はそもそも遊ぶ事も考えちゃうし、本当に細かい部分まで考えちゃう。 
僕は友人や知り合いと会う場では、「こういう時はお金のことはあまり気にしない」とは考えているけど、あまりにお金がかかってしまった時は「キッツイな~」て帰ってから少し思ったりもします(笑)
頭ではめっちゃ考える(笑)

こういう精神状態の時って本当に敏感になっちゃう。
しょうがないと思うんだよね。

だから気持ちがスゴイ分かる。

そもそも価値観の違う二人

そもそも二人はタイプが全然違う。

投稿主・・・たまの休み、非日常的な空間でおいしいものを食べて、心がときめくような服や雑貨を見たい。生活に遊びがないと生きていけない、キリギリスのような私。

友人・・・「お金がない」、出来るだけお金を使いたくない。

まぁ、これだけ見ても全く合わないよね。

これはハッキリ言って、お金のあるなしの問題ではないと思います。

「たまの休みには日常では味わえないことをしたい!」

こういう風に考える人はたくさんいるよね。
「休みに旅行したい!」とか「1週間頑張ったから贅沢して美味しいフランス料理食べに行きたい!」とか色々。 僕はごくごく普通だと思う。

このごくごく普通の感覚と、「お金はとにかく使いたくない」という感覚はそもそも合わない。

だから多分「1日だけ節約・お金を気にしない」というのはお互いに無理だったと思う。

遅かれ早かれ、このままの金銭感覚だと無理だと思った。
だからブログを読んでても「まぁ、そうなっちゃうよね」という思いでしかない。

奢り続けるような関係とは

「奢ればいいじゃん!」ていう意見はあって、多少はわかる。

でも、「その友達と遊ぶ=奢り続ける」となると難しいのではないかなと。

先輩後輩や年の離れた友達の関係ではありえるけど、同期で友達でしょ?
僕の周りでは友達が全てお金を出し続ける関係をしている人は・・・知らないかな。

仮にあなたが投稿主になったとしたら、友人に奢り続けるというのは可能か?
給与が倍近くあるから、全て払い続けるのか?

これは僕は経験したことがないので、なんとも言えないけど、全てを奢り続ける間柄は難しい気がする。
1日だけならっていうのはあり得るかもしれないけど、今後奢り続ける可能性があるというのは、ちょっと大変なのかもしれない。

奢ったことで怒りを買う!?

これは友人から聞いた話。

音楽の専門時代の友人と久しぶりに会ったそうです。

音楽で成功して月に100万近く稼いでいた人、音楽の夢を諦めてサラリーマンになった人。

話を色々として最後の会計時に悪気はなく「今日は俺が払うよ」と言ったところ、サラリーマンの人が激怒した。

「お前、稼ぎがいいからってバカにしてんのか!ふざけるな!!」

稼いでいた人は煽ったりバカにするようなタイプではないんです。天狗になるような人でもない。
でも、言われた方は多分プライドを傷つけられたのだと思う。

この話を聞いてるから「奢る」というのも全て解決する行動じゃないんだと思う。
金銭感覚の違う人に奢り続けることで、もしかしたらその人は劣等感を覚えてずっとその事を思うかもしれない。 
もしかしたら、怒って関係が終わってしまうかもしれない。

その可能性もあるんですよね。

僕は奢ってもらえるの嬉しいですけど(聞いてない)

お金がない人とは選択の幅が狭まる

「使えるお金」の有無・大小によって、何が出来るかは決まる。
お金がたくさんあれば、なんでも出来るし、お金がなければ、出来ることは減る。

お金があるのが良い、無いのが悪い・・・という話ではないです。

単純に「出来ることの選択の幅が変わる」ということ。

仮に極端にお金が無さすぎる人と何かをするとなった場合。
できることが限られてくる。

・旅行に行けない。
交通費を出せないから行けない。現地で色んなご飯を食べるお金がない。展示物の入場料金払えない。

こんなのもあり得る。

近場でも文章にあるように、少し値の張る飲食店には行けない。
多分最安値は、牛丼チェーン、サイゼリア、マック・・・あたりかと思うので、こういう場所にしか行けなくなる。(当然これらのお店が悪いというわけではない。)

さらに交通費も出せないとなった場合。
どこにも行けないです。
毎回その人の住む町まで迎えに行く。
でも、ここでお金を使う何かは出来ないです。

車を持っている人はドライブなどもある。

でも、車を所有していない人の多い関東などでは、この方法は難しい。

お金の有無は出来ることの幅を決めることが出来ると思う。
お金があるから常に最上級の事をする、と言うわけではなく、それも選択できるということ。
逆にお金がない人は最上級の事などはなく、高いと思うことも出来ず、「〇〇しか選べない」という状態だと思う。

文中にもこんな文章があった。

「ユニクロしか選択肢がない」遊びのなさに、私は失望した。

というのも、ユニクロどうこうの話ではなく、「〇〇しかできない」という状況だと、自分とは合わないという意味だと思う。
「私のやりたい事を一緒にすることができない」というだけの話。

お金がないというのをバカにするのではなく、出来ることが限られてくる。

もし僕が昔の貧乏過ぎた時に誘われても高いお店も行けないし、旅行も絶対行くことは出来なかった。
お金がないと出来ることはかなり減ってしまうんですよね。。。

お金を使わない遊びもある

「お金を使わない遊び」というのもたくさんある。
それをやるのも全然OK。

ただし、「お互いがそれをやりたければ」の話。

「公園でベンチに座って話をする」でもいいんだよね。
これをお互いがOKとしていればいいんです。

「暑い・寒いから喫茶店で話そう」という提案は、お金がない人に対して出来ない。(奢るなら別)

家で話すのも有り。
ただ、どちらかが「家に入れたくない」となった場合はNG。

釣りでもいいし、散歩でもいい。

色々とお金を使わない遊びもあるけど、出来ることは限られるよね。
住んでる場所や環境でも変わってくるし。

ブログの投稿主は確実にこういう遊びはしたくないだろうから、しょうがないと思いました。
貧しいとかではなく、単純に快適に楽しく過ごしたいというだけで、望む対象が違うだけだから。

カフェでまったり過ごしたいのに、「会う時はいつも公園のベンチ」だったら、そりゃ違うなって感じると思う。

美味しいごはんを食べたいと思った時に「友人」は誘うリストに入らないし、旅行に行きたいと思った時に「友人」は誘うリストに入らない。
出来ることが限られるし、ただこれだけじゃないのかな?

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逆にお金持ちでお金を気にしない人と遊んだら

今回は「貧乏な友人」が対象だったけど、もし対象が「お金持ちでお金を気にしない人」だったとしたらどうなるだろう?

「北海道にウニ食べに行こうぜ!」

「ランチで5000円とか安すぎだろ!」

「美味しいお肉食べたいし、銀座行こうか。大丈夫2万くらいあれば足りるから(笑)」

「今度みんなでパーティするから来なよ。男は一人5万ね」

「やっぱ車はポルシェだよね!^^ でも今度フェラーリも買うんだよ。」

とか。

相手は自分と付きあうのは気にしないとして、ガンガン誘ってきてくれる。
でも、どうやら金銭感覚が自分とは違う。

こういう人とずっと遊べますか?

友達は続けるけど、断ることが多くなるかもしれない。
断り続けたらいつか誘われなくなるかもしれない。

ここで言いたいのは「金銭感覚の違い」。
金銭感覚の大きく違う人と付き合う。遊び続ける。
できる?

ネットの反応

僕は最初にブログを読んだ時に「あ~、これはしょうがないよね~。」としか思わなかった。
でもネットでは批判の嵐。

僕の考えは多くの人と違うので、今回も「こんなに違うんだ」と思った。

以前の「キンコン西野さんの絵本無料化の件で思ったこと。 -信用と炎上-」でも、ネットでの評価と僕の考えは開きがあったくらい(苦笑)

今回の件でも単純に脊髄反射してしまうワードが多かったからなだけだと思うんですよね。

「貧乏な友人」
ランチにドリンクをつけるかつけないかで5分以上悩み結局ドリンクをつけない
ひたすらにドトール推しをする。
結局ユニクロに行った。
アリのような彼女

ドリンクをつけるか悩む人も多いだろうし、
ドトールを利用する人も多い、
ユニクロを着る人はかなり多い(僕もかなり着る)
キリギリスよりもアリタイプの人間の方が多い(特に日本人)

これらから、「ユニクロ着る俺の事バカにしてるのか!?」とか「それらに当てはまる貧乏人って俺の事か!?」という風に捉える人も多い気がした。
さらにあの書き方だったから。

ブログの文章の本質は「金銭感覚の違い」というだけ。

「パーッと発散したい私と、節約したい彼女とでは金銭感覚が大きく違うから、今後会うのは厳しいな」

というだけ。

これってそこまで目くじら立てることかな?

今回の件はありえる話だと僕は思うんです。
もちろん「僕も同じようなことを思うしそうする」という話ではないですよ。

それに投稿主は「もう一緒に遊ぶことはないだろう」とは書いてるけど「友達としての縁を切る」とは書いていない。
「遊べない」と書いただけ。

縁を切るとも読み取れるけど、そうとは限らない。あの文章だけではすべては分からない。
遊ばないけど友達関係もあり得るし。

僕としては「あ~、これはしょうがないよね~。」としか思わなかったので、批判の嵐だったのは少し驚きました。

おわりに

金銭感覚って、かなり大きいと思うんですよね。

そして良い悪いではなく、同じような人と遊ぶようになると思っています。
趣味もそうだし、金銭感覚もそう。

最終的に同じような金銭感覚を持っている人と遊ぶようになるんじゃないかなと。

それは自分と近い感覚を持っている人と付き合うのが、一番ストレスを感じないから。

ブログの投稿主さんは確実にストレスを感じていましたよね。
やっぱりストレスを感じる人とずっといるのは難しいと思うんです。
しかも「お金を使わないで遊べ!」というのも、絶対ストレスを感じるだろうから、そこまでして遊びたいと思わない・・・だから「遊ぶことはないかな」と思ったはずなんですよね。

貧乏にしろお金持ちにしろ、「金銭感覚が大きく異なる人と付き合うのは難しい」というのはあると僕は思っています。 
無理ではなく、あくまで「難しい」。
遊ぶ内容が限定されてしまう人とそうでない人だったら、必然的に会う回数や誘う頻度が変わってくるとも思うので。

・・・と言いつつも、

僕は決してお金持ち側の人間ではないし、周りを見ても所得に関係なく僕と遊んでくれる先輩方には本当に感謝しかないなぁと思いました。

自分のやりたい遊び方を持ちつつも、相手によって一緒に楽しめる遊び方をチョイスできたら一番良い気がしました。
金銭感覚や所得よりも、相手とどう楽しみたいかにもよるんでしょうね^^

 

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