『超一流になるのは才能か努力か?』
よく議論されることでもありますね。
あなたはどう思うでしょうか? どのような意見でしょうか?
「超一流になるのは才能か努力か?」という本の記事を読んで思ったことを書いてみたいと思います。
「超一流になるのは才能か努力か?の要点・概要【努力と才能】
まず記事(本の紹介)で述べていたいくつかの事を引用・抜粋していきたい。
超一流になるには「1万時間の法則」が必要
練習時間の差が、そのまま能力の高さに直結している。
ハイレベルな人たちの中でも、練習時間の差が、そのまま能力の差に繋がっていた。
「どの分野でも、達人の域に達するためには1万時間の練習が必要だ」という法則が存在する。
超一流になるには正しい努力をする必要がある
しかし「ただ努力するだけでは、能力は向上しない」という点。
超一流になるためには、「正しい努力(=練習)」をしなければならない。
超一流になるには「生まれつきの才能」など見つかっていない
生まれ持った能力の限界値などない
限界的練習を繰り返すことによって、周りの人から見れば「生まれつきの才能」にしか思えないほどの、傑出した能力を獲得することができる
超一流になるために僕が思う事
以上が記事の引用・抜粋でした。
より詳しく知りたい場合は本を読めば色々と実験結果や解決策などが書かれてあるかと思います。
ここから自分なりの考えを書いてみます。
超一流になるには費やす時間の「量」は必須【努力と才能】
才能だどうだ、という前に費やす時間は必須。
自分の周りに「この人天才だわ~」と思う人がいますが、とにかく対象の物事に時間を費やしてます。
音楽演奏家、作曲家、アニメクリエーターなどが近くにいる人ですが、仕事で費やす時間も多いが、それ以上に自分で研究やら練習やらをしている時間が超多い。
さらに近くにいる人だけを見ると、案外幼いころからやっている。
尺八奏者も子供の頃から出し、作曲家も幼いころからピアノをやっていたし・・・。
僕なんかは高校から音楽を始めたわけだけど、その時点でその人達とは「費やした時間」というものの差が圧倒的にある。
「量」だけを見ても近づいていないので、自分と知り合いの立ち位置を見ても、現在その位置に行っていないのも理解できる。
超一流になるために量をこなすことで見えてくるものがある【努力と才能】
レベルアップをすると同じものを見ても違う見方ができるようになる。
昔は気付かなかったことも気付けるようになる。
初心者とベテランでは気付くことや指摘できることが違ってくる。
見ている世界が違う。
それは長年そのことに時間を費やしてレベルアップしたからです。
費やす時間によって見えてきているものの正解不正解もはっきりわかるようになり、精度もあがってくる。
【追記】
「毎日1%努力をすれば、1年後には37倍の結果がでる! 小さな一歩は大きな一歩!」も書いてみました^^
超一流になるには時間を費やすだけではなく質も重要【努力と才能】
これも良く言われる事ですが、個人的に「量をこなせば質が上がってくる」と思っています。
なので、量をこなすことが最優先だと思う。
「質」とはなにか?
「質」とはなにか?
それは、何が良いか・大事かを見定める事ではないかと思う。
今やっている事の何が大事か、上手い人は何が良いのかを把握すること、理解することができるかどうか。
その部分が分かれば日々の練習などに反映する事ができる。
「正しい努力をする必要がある」という部分と同意見です。
これは量をこなすことで身に付けるようにはなる。
場数を踏んで理解するようになるというイメージ。
また別の方法として、「知っている人に教わる」というのがある。
要は先生などに要点を教えてもらうこと。
そうなれば意識は変わり、大事な部分に対して時間を費やすことができる。
仮に練習時間は同じでも、質が2倍の差があったとしてら最終的な経験値はだいぶ変わる。
練習時間と質の例
(例) 1日8時間、質は1倍・1.5倍・2倍、1年経過した場合
A) 8時間 × 1 × 365日(一年) = 2920時間
B) 8時間 × 1.5 × 365日(一年) = 4380時間
C) 8時間 × 2 × 365日(一年) = 5840時間
5年やったら
A) 2920時間 × 5 = 14600時間
B) 4380時間 × 5 = 21900時間
C) 5840時間 × 5 = 29200時間
う~ん、これはAさんはCさんに追いつくには無理に近いですね。
質っていうのは大事ですよね。
見えてる世界、気を付けている事などが違うとここまで差が開いてしまうんだよね。
超一流になるには才能は必要
努力を続ける能力、
物事の本質を見定める能力、
は確実に必要。
これらが無ければ確実にトップクラスはいけないでしょうね。
で、多くの人が言う「才能」はそれらをこなしてトップクラス入りしてからの悩みだと思ってます。
ここからの差は「才能」と呼ばれるものなのかな。
ある程度までは才能云々関係なく出来るようになると思います。特に技術面においては。
自分が他人を見た時にトップクラスにも入っていない人間が「あいつは才能があるから」というのはおこがましいのかなと。
もしかしたら同じ質で同じ量をこなしたら近いこともできるかもしれない・・・気がしています。
また「努力できる才能」は超一流を目指す人は全員が持っているためあってないようなものだと思っています。
一流を目指すなら「努力できる才能の有る無し」を考える前にとにかく量をこなすのも大事です。
超一流になることと評価されるかどうかはまた別の話【努力と才能】
特に芸術系であれば評価されるされないは避けては通れない話。
これに限って言えば「センス・才能」であると言い切れるんじゃないかな~。
発信するフィールドによるけど、クリエイティブな事に関しては自分のやりたいことなどが磨かれても、評価されるか
どうかは正直分からない部分でもあるし。
「良い」のを分析して、評価される法則を見つけて、それを組み合わせる・法則に沿う場合はまた少し違うのかも。
正しい場所で、正しい方向で、充分な量をなされた努力は報われる。
「今でしょ」でお馴染の林修さんの「林修の仕事原論-壁を破る37の方法-」ではこう書かれています。
正しい場所で、正しい方向で、充分な量をなされた努力は報われる。
超一流になるには才能は必要! 『超一流になるのは才能か努力か?』
研究としては努力となるとは思う。
でもこれは人それぞれ考え方が違うし、現場にいるかどうか、どういう現場かでも考え方はまた変わってくると思う。
「努力」と呼ばれる行為をトップクラスと同じ質、同じ量をこなすことができれば、超一流になれる気がします。
その方法などが本に書かれているっていうことですよね^^
殻を破れなくて悩んでる人には助けとなる本かもしれないですね♪
好きなことを仕事にするのにオススメの本
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